ぶらり茨城
 『ぶらり茨城』は、いばらきを訪れた時の訪問記をつづっています。
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■ 龍ヶ崎祇園祭 撞舞 ■
龍ヶ崎市(県南) : 2005年7月27日(水)取材

 茨城県龍ヶ崎市では日本全国でも稀な、撞舞(つくまい)と呼ばれる行事が行なわれます。撞舞では蛙のお面をつけた舞人が、14mの高さのある撞柱で柱を滑り降りたり、弓矢を放ったり、逆立ちをしたりと様々なアクションを起こします。
 龍ヶ崎の街並みはどこか懐かしく、昭和中後期を感じさせます。お祭りの風景もどこかで見たような懐かしい光景。と言うのも、龍ヶ崎市は比較的公共機関から隔絶された土地であることが、外の文化を受け入れにくくしているからなのかもしれません。
 必見の撞舞を、徹底的に取材します(><)。

 龍ヶ崎市龍ヶ崎祇園祭が開催されています。
 7月24日から始まっており、本日27日は最終日。撞舞(つくまい)と呼ばれる、行事があるそうです。
 時間もあるし、行って見ることにしましょう!。

 13時30分過ぎに家を出ます。最寄り駅から乗り換えて行き、常磐線佐貫駅を目指します。台風一過とあって、空が突き抜けるほど青く高い。秋の空かよ!(><)ミムラ?。


■常磐線 佐貫駅
 14時50分ころ、佐貫駅に到着。階段を上り、橋上改札を抜けます。右手(東口)に龍ヶ崎市内に行くための関東鉄道竜ヶ崎線があるようです。階段を下りると、目の前に関東鉄道 竜ヶ崎線の小さな改札自動券売機があります(^^)。

 関東鉄道竜ヶ崎線佐貫駅入地駅竜ヶ崎駅の3つしか駅の無い路線です。こんなに短い路線が他にあるのでしょうか!?(><)。次の気動車が15時17分で、30分近く待ちます。

【常磐線 佐貫駅】
 常磐線で茨城県に入った3つ目の駅。降り立つのは初めてです(’’*)ドキドキ。


【佐貫駅 改札】
 もちろんsuicaが使える改札です。改札の数が多く、驚き。利用者数15000人/1日。

【関東鉄道 竜ヶ崎線】
 JR佐貫駅東口の階段を下りると、目の前に関鉄竜ヶ崎線の窓口。こじんまりとしています。


 駅舎を撮影し、改札隣りにあるHearth Brawnにて遅いお昼をいただきます。


【常磐線 佐貫駅(東口)駅舎】
 駅ビルのように見えますが、右手前の建物は別棟です。明治33年に開業された駅。この左手に関東鉄道 竜ヶ崎線の改札があります。


【Hearth Brawn】
 関東鉄道 竜ヶ崎線の右手にあるお店。常磐線沿線にたくさんあります。

【お昼ごはん】
 電車接続待ちの間、Hearth Brawnで調理パンとアイスコーヒーをいただきます。美味。


■関東鉄道 竜ヶ崎線
 竜ヶ崎駅までは190円。きっぷを購入し、改札に入ります。

 車両は2両編成。関東鉄道 常総線と似ている気動車。車内は浴衣を来たお客さんもいらっしゃいます。初めて乗る路線なので、ちょっと緊張。進行方向先頭車の真ん前が空いていたので、場所をキープします(*^^*)。

 出発した気動車は途中入地駅で停車し、トータルで6分掛けて竜ヶ崎駅に入線します。
 竜ヶ崎駅は片側のみのホームがひとつ。よって、2両同時に竜ヶ崎駅ホームに入線することができません。

【竜ヶ崎駅行きのきっぷ】
 始発 佐貫駅から終点 竜ヶ崎駅までのきっぷ。


【佐貫駅の駅看板】
 関東鉄道系だけあって、今まで見てきた系列(筑波鉄道や鉾田線)の意匠と似ていますね。

【関鉄の気動車(2002)】
 2両編成の気動車。出発までぶるぶるエンジンを振るわせながら、出発を待っています。


【沿線風景】
 佐貫駅を出た竜ヶ崎線は、しばらく住宅街を進みます。

【入地駅】
 5分ほどで、あの有名な入地駅。いつかはこの駅周辺を探索してみたいものですなー。


【竜ヶ崎線 もうすぐ終点 竜ヶ崎駅】
 終点の竜ヶ崎駅直前の風景。右手は車両基地になっているようです。ホームは線路左を進んで行きます。筑波鉄道の真鍋機関区の雰囲気かも。


【竜ヶ崎駅に到着】
 終点なので、線路は突き当たりになります。

【竜ヶ崎駅 駅看板】
 この手のデザインは初めて見ます。


 ステンレスボックス型の改札できっぷを渡します。
 駅舎内も懐かしい感じ。広告つきのTVや、ベンチなど。

 駅前には商業施設があります。中古家具店のようで、日常的に利用するお店ではないようです。
 駅舎には駅そば屋さんがあり、「まいんコロッケ」の旗が立てられています。

【ステンレス改札】
 ボックス型の改札は、首都圏ではほとんど見ることができなくなりました。


【広告つきTV】
 関東鉄道 常総線の主要駅で見ることのできる、広告付きテレビ。

【関東鉄道竜ヶ崎線 竜ヶ崎駅 駅舎】
 平屋建ての建物。鉄骨プレハブ式かしら。


■龍ヶ崎商店街を歩く
 それにしてもガンガン日差しが降り注ぎます(@@)。
 こんな日差しで日焼けしたら、赤くはれ上がって、水ぶくれになってしまいます(>△<)。KOUJINN(旅人)は、日焼け止めクリームが効く人なので、建物のはじっこに荷物を置き、腕や首筋、顔、もみ上げ部分などに日焼け止めクリームを塗り捲ります(><)ヌリヌリ。汗がドバドバ出て、タオルで顔や首筋をぬぐったりするのですが、日焼け止めクリームは一度塗っておけば基本的に効き目は持続するので、面倒くさいのは最初だけです(−▽−;)。

 駅前の広いタクシープールを歩き、まっすぐ進みます。
 今日も地図を印刷してきています(−▽−)。えーっと、龍ヶ崎の商店街(お祭り会場となる地域)は、駅からまっすぐの通りですね〜。このまままっすぐ行けばいいようです。まだ歩行者天国が始まっていない商店街には、あちこちで所狭しと出店が準備作業を行なっています。

 龍ヶ崎の商店街は、メイン道路の3,4割くらいがシャッター店舗でしょうか。イメージとしては山吹色、ウグイス色って感じです。お店は営業しているけれど、入っていいのかしら(’’*)という雰囲気のお店が多く、戸惑います・・・。

【龍ヶ崎の商店街】
 2斜線の道路は道幅も広く、車の往来が強そう。その分、人が歩くための環境にならず、お客さんを寄せ付けない雰囲気になってしまうのかも。


【シャッター店舗】
 街を歩いていると、いたるところで見ることのできるシャッター店舗。

【お祭り準備中の出店】
 道路はまだ歩行者天国になっておらず、車の往来がある中、準備作業中です。

 こういう地位によく採用されている地域バス「COMMUNITY BUS」が通っているようで、朝7時代から夕方16,17時代まで1時間に1本、バスが通っています。
 路線の組み方、案内表現の仕方で多少の違いはあるのでしょうが、こうしたコミュニティーバスは一度使ってみると意外と重宝するもの。KOUJINN(旅人)的には“環状型”の路線を強く希望します(^^)。

 地域バス以外にも路線バスがありますから、地域の足はまずまず確保できているのではないでしょうか。

【地域バス】
 規制緩和で生まれた地域コミュニティーバス。


■上町八坂神社
 しばらく歩くと、右手にこんもりと木々が見えます。地図で確認するに、あそこが(上町)八坂神社のようです。鳥居の横には(のぼり)が立てられ、鳥居の前には世話人の方々がいらっしゃいます。ので、撮影(^^;)。

 八坂神社境内に入ります。境内の鳥居には、藁で編んだ飾りが施されています。手水舎拝殿を撮影し、裏手の神殿を撮影します。神殿には上からさらに雨よけの建築物が造られているようで、まるで“劇中劇”みたいな様相を呈しています。
 龍ヶ崎市指定文化財 天然記念物として、欅(けやき)もそびえています。

【右手にこんもりとした木々】
 (上町)八坂神社の敷地のようです。幟が確認できます。


【八坂神社で打ち合わせる世話人】
 鳥居前では世話人の方々が、打ち合わせをされているようです。神社周辺は民間の建物が密集し、この空間だけが別次元のように感じられます。


【(上町)八坂神社 境内】
 通りの鳥居をくぐると、右90度に参拝道は曲がり、写真のような光景になります。二の鳥居の注連縄が、お祭りの雰囲気です♪(^^)。


【手水舎】
 手を洗い口をそそぐ設備。朱色に塗られているのが、高貴な感じがします。

【二の鳥居】
 石の鳥居に注連縄(?)で飾り付けされています。よーく見ると・・・。


【桶のつくりもの】
 鳥居の真ん中には、藁で編んだ桶の作り物が施されています。精巧な技術にびっくり。

【八坂神社 拝殿】
 天正5年(1577)年設置されました。祭神は建速須佐之男命。


【(上町)八坂神社 神殿】
 拝殿の裏手には、神殿があります。が、本来の神殿の建物にかぶるように、風雨除けの建築物が建てこまれています。


【本来の神殿】
 隙間から本来の神殿を撮影。かなり古いように見受けられます。

【市指定文化財 天然記念物 欅(けやき)】
 まっすぐに成長する木。境内の建物を建て替える際に、材木として使われるのでしょうか。


 隣にある公園に行くと、お祭りの行列に参加するであろうが待機しています。
 目がくりくりして、かわいい〜(*^^*)。


【公園に馬がいる】
 神社となりにある公園には、馬が待機中。

【くりくりお目目】
 かわいいお目目ですにゃん(´-ω-`)。


■祭り風景
 神社に戻り、鳥居を再び抜けると、目の前は「にぎわいひろば」でした。ここにもまた出店がたくさん。

 「撞舞行列 出発地」の立て看板が取り付けられた建築物では、お囃子が始まります。
 シャッター店舗を利用した場所です。お店の名前は読み取れません。

【にぎわいひろば】
 龍ヶ崎商店街のイベントスペース。毎月恒例の「まいんバザール」の会場としても使われます。


【撞舞行列 出発地】
 シャッター店舗の建物を利用して、お囃子の演奏が行なわれています。

【「宮元」の提灯】
 軒先には「宮元」の提灯が。龍ヶ崎に「宮元」という地名は無いのですが・・・。


■まいん市街地活力センターと龍ヶ崎の重要文化財
 再び歩くと、この商店街の中心地であろう十字路に出ます。
 右手に「まいん 市街地活力センター」の建物が。w(゜O゜)wおおー、この建物、インターネットで見た事がありますぞ。商工会議所図書館機能が、一体になっているようです。

 街中はいい具合に重要文化財が建っております。
 地域の方は建物の重要性に気がついていらっしゃるのかしら?(´・ω・`)。

【まいん 市街地活力センター】
 龍ヶ崎商店街の中心地的な役割を持つ施設。商工会議所と図書館機能を持ちます。


【元・しょうゆ屋さんと思われる建物】
 現在ではお店としての活用がされていないようですが、「ヤマサ」印が確認できます。

【側面は板張り】
 現在の建築基準法では利用できない、木板を使った側壁は貴重な文化財になります。


【万福屋】
 化粧品などを取り扱うお店。鉄筋コンクリート造の、表面洗い出し工法でしょうか。昭和初期?。

【ゴシック建築を思わせる作りこみ】
 窓枠は石で組んだように見せていますが、セメントでの作りこみ。窓間にあるつくりも◎。


【学園化学 CLEANING 伊賀喜店】
 クリーニング屋さん。昭和中期に流行した「タイル貼り」の加工を擬似的に外装で作ったように見えます。おそらく構造は一般的な木造工法。2階部分はタイル風に加工したパネルの貼り付けのようです。

【上町町内会の倉庫?】
 神輿をしまっておく倉庫でしょうか。一見、蔵造りに見えますけど、木造で組み上げ、2階壁はモルタル塗り。1階部分は横板を重ねて、隠し釘打ちしていると思われます。


■龍ヶ崎城跡(古城)
 地図を見ると、この近くに「竜ヶ崎第二高校」があるようです。地図には「竜ヶ崎城跡」の文字。バス停「竜ヶ崎二高入口」のところを左折します。目の前にはこんもりと森の山が見て取れます。あの山にお城があったというのは、十分理解できる地形ですね〜(^^)。

 歩きつめると、急な階段。この階段を上っていけば近道のような気がしますが、左手に城壁城壁沿いに道路がありますから、このまま歩いていきましょう。
 少し歩くと「龍ヶ峯の歩み」の碑
 現在の龍ヶ崎第二高等学校の流れを読むことができます。。

【竜ヶ崎城跡(古城)】
 商店街の北側を見ると、こんもりと木に包まれた山が見えます。あそこが城跡のようです。


【「龍ヶ峯の歩み」の碑】
 室町時代、龍ヶ崎氏の城がありましたが廃城に。後に県立女学校ができ、紆余曲折の末、戦後に現在の県立龍ヶ崎第二高校になりました。

【城壁沿いを歩いてみる】
 右手の龍ヶ崎城跡の敷地を取り囲むようにしてそびえる城壁沿いを歩いてみます。



 しばらく歩いていくと、山頂に上っていけるスロープが現れました。ここにも「茨城県立竜ヶ崎第二高等学校」の石。
 スロープを登っていきます。途中で見える、龍ヶ崎の街並み

 この敷地である「竜ヶ崎城址=古城址」というのは、茨城百景「龍ヶ崎観音」包括風景に含まれています。

 気がついたら、勢いあまって竜ヶ崎第二高校の敷地に入ってしまいました(><)。てっきりここに竜ヶ崎城跡の遺構か何かがあると思っていたもので・・・(−−*)モウシワケゴザイマセン。

【龍ヶ崎第二高校の入口】
 スロープになっており、車で入ることもできるようです。上ってみますか。


【龍ヶ崎城跡からの眺め】
 スロープを登っていく途中、龍ヶ崎市街地の風景が広がります。電線が無ければ、少しジャマ。。かつての城主、龍ヶ崎氏はここから何を眺めたのでしょうか。。


【歩行者用の階段から降りる】
 気づいたら高校敷地内に不法侵入してました・・・(´=ω=`)。逃げるように高校を後にします。。

【吊り提灯】
 首都圏に近い龍ヶ崎で、こうした吊り提灯が見られるとは貴重かも。


■茨城百景 龍ヶ崎観音
 先ほどの竜ヶ崎二高入口のバス停に戻ります。

 江戸崎方向に少し歩くと、左手に竜泉寺(りゅうせんじ)の看板。ここは龍ヶ崎観音と呼ばれ、天台宗東福山竜泉寺があります。安産子育、出世開運の観音様が祀られています。

 入口手前は駐車場になっており、左手に茨城百景碑「龍ヶ崎観音」が建てられています。境内に入ると、右手に風車がたくさんあり、風でくるくると回っています。
【龍ヶ崎観音 表門】
 龍ヶ崎商店街の大通り沿いに並ぶ、龍ヶ崎観音。正確には天台宗 竜泉寺と言います。


【茨城百景 龍ヶ崎観音】
 安産、子育ての観音として崇拝されてきました。江戸崎城主土岐治英の夫人が観音像を崇拝し、生まれたのが後の龍ヶ崎城城主土岐胤倫(たねとも)と言われています。当時はお寺そのものは無く、胤倫が開基し、天海上人が開山したとされています。


【なでぼとけ】
 体の悪いところと同じ、仏像の部位をさすり、その後自分の体の部位をさすって願います。

【風車とお地蔵さん】
 本道の右側には、たくさんのお地蔵さん。風車が風に吹かれ、くるくる回ります。


【龍ヶ崎観音 本堂】
 明治の初めに竜ヶ崎の大火で消失してしまった後、昭和51年に新たに竣工した本堂。比較的新しい建築のためか、全体的な印象がのっぺりした感。


■撞舞(つくまい)はどこで?
 龍ヶ崎市のメインストリートをずっと歩きとおしますが、今日のメインとなるであろう撞舞(つくまい)がどこで行なわれるのかがまったくわかりません。。上町の会所撞舞のことについて伺います・・・。
KOUJINN(旅人) 今日って、撞舞は行なわれるのですか?。
上町関係者 ああ、撞舞はこの先の十字路を右折して、野村医院があるから、そこを左折した場所で行なわれますよ。

 w(゜O゜)wオオー、撞舞は少し離れた場所で行なわれるのですね〜。お礼を言って、撞舞会場に向かいます。

【「上町下組」の提灯】
 撞舞がどこで行なわれるのか分からず、上町の会所で伺います。


 撞舞は18時から始まります。ただいま17時30分になろうとしています。。
 会場に着くと、撞柱(つくばしら)が道路中央に聳え立っています。


【撞舞会場と撞柱】
 根町の通りが通行止めされており、道路のど真ん中に高くそびえる柱(撞柱)が見て取れます。あの撞柱で、撞舞が行なわれるのでしょう。


【太鼓の演奏】
 撞柱の下では太鼓の演奏が行なわれています。

【御仮屋(?)】
 一角には神輿を置く、御仮屋らしき仮の建物が組まれいます。あの神輿は八坂神社のかしら。

 まだまだ撞舞は始まりそうに無いので、少しだけ周辺を撮影します。
 提灯。湯原町の提灯。


【根町の提灯】
 根町の会所では提灯がぎっしりと掛けられています。これだけの提灯が並んでいる光景はあまり無く、、つい写真を撮ってしまいます(^^)。


【撞柱の土台】
 14mもある撞柱を固定するための土台は、しっかりと木材で組まれています。

【土台の横】
 土台の階段脇には、塩とお酒が置かれています。


【撞柱から綱が伸びる】
 垂れ下がっていた綱2本がピンと張られます。

【綱の具合を確認する】
 係りの方が綱の張り具合を確認しています。

 撞舞を行なう舞人(まいびと)は、上町八坂神社でお払いを受けているそうです。
 舞人の入場を待ちます。撞柱周辺にはカメラを持った、写真家達で賑わっています。。


■龍ヶ崎 撞舞
 舞人の入場。
 舞台では土台や、撞柱にをまいたりを撒いたりして、清めているようです。
 舞人が舞台に上がり、足に塩を掛けられたり、酒を掛けられたりしています。いよいよ始まりそうです。。


【お酒を陶器に移す】
 陶器にお酒を移しています。

【お酒と塩をかける】
 土台4隅と撞柱にお酒と塩をかけています。


【手を合わせ祈る】
 拍手(かしわで)で撞柱に祈ります。

【舞人登場】
 舞人の足に塩と酒をかけています。


【撞舞の風景 その1】

【撞舞の風景 その2】


 舞人撞柱を上っていきます。

 撞柱は全長14mあります。するするっと途中まで登ると、いきなり足だけで撞柱を囲み、サーっと落ちてきて両手を開きポーズを決めます。その時、お囃子はヒョロヒョロヒョロヒョロ〜とテンポが速くなり、不安になるようなお囃子を奏でます・・・。

【撞柱を上り始める】
 舞人は撞柱に足をかけると、すいすいと簡単そうに柱を上っていきます。


【あっという間に頂上近くへ】
 ものの数秒で、撞柱頂上近くまで上ってしまいました。

【体を反転】
 体を反転させ、足でしっかり撞柱をつかみ・・・。


【ポーズを決めます】
 足だけで固定し、両腕を広げポーズを決めます(^^)。辺りから惜しみない拍手が起きます(^O^)。


 下からばかりだと写真構図が面白くないので、少し離れて撮ることにします。いつの間にかたくさんのお客さんが辺りを取り囲んでおり、移動が思うようになりません。お客さんの間間をかいくぐるようにして、野村医院の十字路まで戻ります。

 陽がいい具合に沈み、撞柱舞人がシルエット。夕空に浮かびます。。お囃子が辺りに響く中、もくもくと舞人は踊ります。

 舞人はシルエットになり、表情などは読み取れません。。しかし、私には舞人がとてもとても悲しそうに見えました。。

【夕日の撞舞】
 陽がだんだんと落ちてきて、撞舞そのものがシルエットになってきます。


【沈む夕日を眺める舞人】
 撞柱頂上に上った舞人は沈む夕日を眺めています。何故かKOUJINN(旅人)はこの時、舞人の表情がとてもとても悲しそうに見えました・・・。


 もともと撞舞は、雨乞いの儀式として行なわれた歴史があります。農作物が育つためには雨水が必要です。時として雨が少ない年もあって、農家の方々は雨が降ってほしいと必死になって祈願したことでしょう。。その中で生まれたであろう撞舞。人々の強烈な祈り(=願い)を背負って舞人は雨乞いの儀式を行ないます。撞柱が高ければ高いほど天に願いが届くであろうとの思いから、撞柱は14mもの高さになりました。この高さは舞人にとって、もし何らかの失敗があれば、自らの生命をも失う可能性がある。しかし、人々の願いをかなえるためには“やるしかない!”。その辺りの複雑な、様々な思い、願いが絡み合って、舞人が悲しそうに見えたのかもしれません。。。


 舞人を放ちます。

 最後に、撞柱頂上から垂らされたロープを使い、サーっと途中まで降りてきます。
 再びロープを上っていき、撞柱に戻ったところで撞柱を降りてきます。。

【矢を放つ(四方払い)】
 撞舞の頂上で立ち、弓と矢を取り出します。矢を拾うと幸福を授かると言われています。


【逆立ちをする】
 頂上部の「円座(えんざ)」と呼ばれる場所で頭を付け、逆立ちをします。

【綱を滑り降りる舞人】
 円座から伸びる綱をまたいで、サーっと滑り降りてきます。


【再び上っていく】
 下まで滑り降りずに途中で止まり、舞人は綱を上って行きます。最後は撞柱を降ります。

【歓迎される舞人】
 下りて来た舞人に花束を渡したり、記念写真を撮ったりと、しばらく辺りは熱気に包まれます。

 会場からは拍手が起き、撞舞は無事に終了しました(^^)。


■まいんコロッケの歴史
 メインストリートに戻ります。
 すでに歩行者天国になっている道路は、たくさんのお客さんで賑わっています。まっすぐに歩いていくのが困難です。

 チャレンジ工房どらすて前では、龍ヶ崎商工会による、まいんコロッケの発売が行なわれています。黒豆コロッケと、ポークコロッケを購入し、いただきます。
 そう言えば、“まいんコロッケ”“まいん”ってどういう意味なんだろう?(´・ω・`)。と言うことで、売り場にいらっしゃった吉田部長にお伺いしました。

【まいんコロッケの販売】
 龍ヶ崎商工会による、まいんコロッケの販売。まいんコロッケは龍ヶ崎の名産になります。

KOUJINN(旅人) まいんコロッケの“まいん”ってどういう意味なんですか?。
吉田部長 まいんコロッケは龍ヶ崎市のまちおこしで使われている食材です。もともとまちおこしを行なう時に、何か作ろうと言うことになりました。その時に作られたのがコロッケで、現在の商工会議所がある「地域活力センターまいん」にて作ったので、まいんコロッケと名づけました。ちなみに、“まいん”には“main”の意味があり、“私の(私達の)”の意味が込められています。

 なるほどですにゃ〜(´-ω-`)。これからもますますの地域発展のためにまいんコロッケが広がっていくといいですね〜(^O^)。


■龍ヶ崎祇園祭の風景
 米町の神輿
 続いては根町の神輿


【米町の神輿】
 メインストリートはかなり混雑。その中を威勢の良い神輿が通り過ぎていきます。

【根町の神輿】
 続いてやってくるのは根町の神輿。龍ヶ崎は神輿メインのようですね〜(^^)。


【休憩のむぎ茶】
 神輿はポイントポイントで休憩が入ります。休憩ポイントは会所。会所では色とりどりの茶碗に、冷たいむぎ茶が注がれ、男たちの到着を待っています(^^)。


■お祭り 出店の風景
 もうすぐ20時になろうとしています。

 竜ヶ崎駅に戻りながら、祭りの風景を撮影していきます。龍ヶ崎のお祭りでは、会場となる道路が長いこともあって、かなりの出店の数が確認できます。そして出店の数に見合うほどのお客さんがたくさん来場しています(@@)。

 まだまだ盛り上がる龍ヶ崎祇園祭

【かき氷】
 最近ではカラフルなプラスチックの容器に入れるのが流行っているようです。


【ゴムボールくじ】
 某テレビ番組の「モヤっとボール」もどぎが流行しています。

【金魚すくい】
 今も昔も出店の定番。「ポイ」が紙式のものと、モナカのものがあります。


【お面】
 人気キャラクターやおかめ、ひょっとことなど。定番ながら、最近では下火になりつつある出店。

【あんず飴】
 定番の出店。最近はあんず以外にもみかんの缶詰もあります。水あめに色をつけることも。


■竜ヶ崎駅にて
 竜ヶ崎駅佐貫駅までのきっぷを購入します。電車が来るまで少し時間があるようなので、トイレで着替えます。

 駅員室の中を覗くと、手売りきっぷの設備や、はんこの入った箱があり、ちょっと懐かしい。

【「龍ヶ崎ブルース」のポスター】
 茨城が産んだ(?)演歌歌手、音川さとしさん。甲高い声が持ち味。


【手売りきっぷの設備】
 きっぷがホルダーに収まっており、購入時に引き抜いて必要事項を記入します。

【はんこの入った箱】
 きっぷに文字を入れる場合、定型文字が多いため、はんこを押すことが多いです。

 龍ヶ崎にはどこか懐かしい、茨城県南の「昔のにおい」がします。


(この項おしまい)
 
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取材・掲載 お問い合わせ
更新日 2006/01/06
2006年01月06日 UP

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【サイト紹介】茨城県土浦市で生まれ、すぐに県外で育ちました。「故郷は遠きにありて思うもの」とは言いますが、歳を取れば取るほど故郷への愛着は深まるばかり。1985年(昭和60年)3月17日から9月16日まで茨城県筑波研究学園都市にて開催された『国際科学技術博覧会(通称:科学万博-つくば’85)』〔EXPO'85〕の思い出を皮切りに、幼い頃よく連れて行ってもらった土浦駅を中心に活動の場を広げます。サイト開催当初は茨城県県南地域(土浦市・つくば市)を中心に活動を広げていましたが、現在では県央、県北、県西、鹿行と活動の幅を広げています。時には茨城県を飛び越え、常磐線つながりで「常磐線旧トンネル(廃トンネル)」を福島県まで求めたり、廃線となった筑波鉄道を散策したり。日立電鉄廃線の時には、最終列車に乗ったりします。祭り好き、花火好き、山車好き。茨城県の第一人者になるべく、足を使った泥臭い取材を心がけていく、「いばらき だいすき」なサイトです。将来の夢は茨城県で一花、いや、たくさんの咲かせること。故郷に錦を飾る予定です。

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